アメリカの経済 4 

株を保有することによって、人々は毎期ごとに配当を受け取ります。


そのため、株価の第一次接近値は、将来にわたって期待される酉己当の割引現在価値に等しくなるように決定されると考えられます。


割引率は個々の市場参加者の主観で決まるものです。


しかし、株券の利剛(金利)の動きで割引率の動きをほぼ近似できるとみなせば、株価は、


(1)景気の現状先行きが良く、現在及び将来の企業収益ひいては配当の上昇が見込まれるときには上昇し、その逆の場合には下落する。


(2)金利が上昇すれば下落し、低下すれば上昇する。


・・・ということができます。


世界各国で82年末から株価が上昇してきたのも、


(1)景気の回復拡大に伴う予想企業収益の上昇


(2)87年初まで続いた世界的な金利の低下傾鳳を反映したもの、といえます。


日米の株価と金利の動きをみてみると、日米ともに82年末以降の株価の上昇局酬全体としての金利の低下傾向に対応していることがわかります。


また、アメリカでは、81年後半から82年前半にかけての株価の下落と金利の上昇・高止まり、84年前半の株価の下落と金利の上昇といったような対応関係もかなり明確に見られます。


株価が金利の動きと密接に関連していることがわかります。

アメリカの経済 3 

一般的なフローの財の価格と同様に、株価、不動産価格為替レート等の資産価格も、市場における需要と供給の関係によって決定されます。


ただし、資産の保有動機は主に、価値の保蔵収益の獲得にあると考えられ、そのため将来にわたっての期待される収益が、価格の決定において大きな役割を果たすところに大きな特徴があるのです。


つまり、将来の期待収益の割引現在価値が資産価格を上回れば、その資産に対する超過需要が発生することによって価格が上昇し、また下回れば超過供給が発生し価格は下落します。


このように、資産価格は将来の期待収益の割引現在価値に等しくなるように決定されると考えることができまする。


資産の売却の可能性を考慮すると、資産価格自体の上昇、下落によるキャピタル・ゲイン、ロスの思惑が資産保有による経常的な収益に加えて、個人の資産収益の期待を左右することになります。


これが現実の資産価格に大きな影響を及ぼすことになるのです。


しかし、資産が永久に(または満期まで)、必ず誰かによって保有されることを念頭におけば、キャピタル・ゲイン、ロスの思惑を捨象して考えることもできます。


ここでは、このように、将来の経常的な期待収益の割引現在価値に等しくなるように決まった資産価格を、資産価格の第一次接近値と呼ぶことにします。

アメリカの経済 2 

株価、為替レート等の変動は、しばしば景気や物価、さらにはアメリカの貿易収支など、様々なフローの経済指標と関連づけられて説明されることが多いです。


しかし、これらを株、各国の通貨等、過去のフローの積み上がりとして現在ある資産(ストック)の価格としてとらえ、その決定要因を考えたり、異なった資産間の相互関係をみることもできます。


もちろん、このような資産価格の変動要因は、大変複雑なものでしょう。


しかしが、第一次接近としてどのように考えられるか。


また、今日の大幅かつ不規則な資産価格の変動は、どこまで第一次接近で説明でき、また、説明できない動きがあるとすれば、なぜそのような動きが発生しているのかについて考えることも必要でしょう。


ここでは、このところ大きな関心を集めている株価、不動産価格、為替レート等の資産価格の変動について、このような観点からその要因を考えてみることにします。

アメリカの経済

アメリカを中心とした最近の世界経済情勢をみると、次のようなことがわかります。


昭和60年代には、主要国間の経常収支不均衡アメリカの財政収支赤字等を背景に、ニューヨーク市場から世界的に波及した株価大幅下落とその後のドル安の進展にみられたように、株式市場、為替市場等の資産市場において不安定性が高まっています。


このような株価、為替レート等の資産価格の大幅な変動はフローの実体経済に対してますます大きな影響を与えるようになってきています。


このことは、資産市場と実体経済の緊密化を踏まえた対応が常に求められていることを意味しています。


今後は、両者の相互関係がますます重要となってくるでしょう。


ここではまず、アメリカを中心とした最近の資産市場の動向を検討し、資産価格の決定要因と変動要因について分析します。


続いて、株価大幅下落と為替レート変動が実体経済にいかなる影響を与えつつあるかについて分析し、最後に、アメリカ経済再生への課題についても考えることとします。

コーヒーの起源 その2

その地方のある修道士は、カルディがいつも、すぐに元気になることに気付き、その果実を試してみました。

効能を知った彼は、その実を煮て、飲み物を作ることを思い付きます。

それを飲めば、修道士仲間が長い修行の間、起き続けられると考えたのです。

この飲み物のうわさは、すぐに王国中のイスラム修道院に広がりました。

熱心な修道土たちは、長い時間祈るために、それを飲みました。

イスラム教と関連するもう一つの伝説があります。

天使ガブリエルが病気のムハンマドの夢の中に出てきて、コーヒーの実をみせました。

この実が病気を治し、自分の弟子たちの祈りを集中させると、彼は預言したのです。

実際、イスラム教とコーヒー豆は同じ時期に、アラビア半島全体に広まったといいます。

それゆえ、互いの関連は驚くべきことではありません。

しかし後に、コーヒーを嫌悪したイスラム権威者がいたことを考えると、この理解は必ずしも絶対的ではないのです。

コーヒーの起源

北アフリカの別の部族は、コーヒー豆のポリッジ(おかゆ)を食べたり、コーヒーの実を発酵させたワインを飲んだといいます。

コーヒー豆の食用は日常的なものでした。

外部の人々が、その香り高い豆に激しい情熱を寄せるかなり前から、原産地内部に根付いていたようです。

伝統的にコーヒーを用いたガラ族などの民族は、コーヒーの起源について独自の物語を持っています。

西洋においても、自らの文化にコーヒーが入ってきた起源について伝説があります。

そこではコーヒーを神聖なものにしたり、掘り出し物にしたりと様々・・・。

ただ、どれもイスラム教と深く関連しているのです。

よく知られている伝説においては、エチオピアに住むカルディ(古代アラビア語で「熱い」という意味)という名前の若いヤギ飼いが、コーヒーを発見したとされています。

近くの枝の赤い実を食べたヤギが元気になることに、彼は気付きました。

好奇心から、そして自分も元気になりたいという思いから、その実をいくつか試食してみます。

うれしいことに、彼の疲れはあっという間に消え去り、エネルギーが満ちあふれてきました。

彼は興奮して、ヤギたちと踊りはじめたのです・・・。

カフェイン

コーヒーの原産地エチオピアに住むガラ族の遊牧戦士たちが、西暦575~850年のある時期に初めてコーヒーを食用とし、それが伝統的に続いてきました。

温かい飲み物にされるのはそれからずっと後、西暦1000~1300年になってからです。

もともとコーヒー豆は、砕いて動物性油脂の団子に加えられ、長旅や戦争の問の手軽なエネルギー源とされました。

コーヒー生豆に含まれる高プロテイン(飲み物にすると消失する)と組み合わされたこの油脂は、初期の「エネルギー補助食品」であったのです。

この初期のコーヒー調理の名残でしょう。

乾燥させたコーヒー豆(「ブンナ・ケラ」と呼ばれる)のレシピが、現代のエチオピアの料理本に載っている(火であぶったコーヒー豆に塩とバターを加え、たまねぎ、コロバ、ホワイトクミン、バジル、カルダモン、オルガノ、ターメリックで味付けする、と書かれています)。

カフェインが入ったこの濃縮滋養物には、戦争中に気持ちを高ぶらせ、野蛮な行為に導くという付加的な利点がありました。

社会的な飲みもの

広大なエチオピアの高原。

青々と茂った木々の枝や熱帯植物の葉が森林を覆っています。

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森林の地面は、この上なく多様な形態の生物によって満たされています。

高くそびえる木々の下では、すき間からのぞくほのかな日光に照らされ、小さな植物が成育しているのがわかります。

原始時代からの景観がそのまま残っているところもあります。

しかし数千年を経て、景観は少しずつ変わっているのです。

この熱帯植物のうちの一つが、世界のあらゆる場所の情景を変えました。

低木が生い茂る中でまったく目立たない、地味に輝く葉を持つ植物が、もともとの生息地から引き離されて世界中で育てられました。

あらゆる文化、年代に浸透し、文明化を導き、思想や行動を駆り立ててきました。

それこそがコーヒーです。

市場構造の変化

この1世紀の間、コーヒー業界は、基準価格であるニューヨーク「C」約定価格(多様な商品の等級を考慮した複合価格)に一喜一憂してきました。

しかしながら今日、コーヒー業者や消費者はますます、原産地や品種を考慮するようになっています。

同様に、彼らが購入するコーヒーの背後にある、環境や労働の問題を考慮するようになっています。

それらにともない、市場構造が変化しつつあります。

サステナブル・コーヒー(特に「バードフレンドリー」「有機」「フェア・トレード」コーヒー)が主流になるのを、倫理的消費者運動の成長が後押ししています。

大規模な主流のコーヒー会社でさえ、農民を助けたり環境を保全したりするオルタナティブなアプローチを試しています。

冷酷なグローバル化が世界中に広がる暗い光景の中で、少なくともコーヒー貿易の一部は明るい場所になっています。

その一方で、この数年間のスペシャルティ茶の成長と栄養ドリンクの出現は、非コーヒー飲料との新たな競争を生み出しています。


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変化のとき

1999年、コーヒー産業において多くの変化がありました。

無名国であったベトナムが世界第2位の生産国に成長し、コーヒーの世界規模での供給過剰の原因となったのです。

それはコーヒーの卸売価格を、史上最安値の水準にまで暴落させたのです。

このコーヒー危機は、すでに貧困状態にあった何百万人もの農民たちに大損害を与えました。

地球上に住む富裕者と貧困者を結び付いている役割を、コーヒー業界に再確認させたのです。

同時にスペシャルティ・コーヒー部門(1990年代に北米で発展しはじめたグルメ・ココーヒー産業)が、コーヒー産業全体のさらに大きな部分を占めるようになりました。

何千人もの新しい合った競争市場において、自らを目立たせようと張り合っています。

しかしながらこの部門の体質でさえ、だんだん均質になっているのです。

今やアメリカの半分のカフェがスターバックス社の店舗となりました。

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