コーヒーと社会
コーヒーは、1000年以上もさかのぼることができる古い商品です。
その時間軸を縦糸にし、世界中へと広がる空間軸を横糸にした、歴史のモザイク模様・・・。
その歴史は、16世紀カイロのとあるにぎやかなカフェから、18世紀オランダ植民地の奴隷制という人類の悲惨さへと広がります。
さらに19世紀ブラジルの急成長から、現代におけるスターバックス社のコーヒーハウス帝国主義へと広がります。
コーヒーというのは、それを構成する単なる化学物質にとどまらず、それ自体がちょっとした歴史なのだと思います。
そしてわたしたちは、それを熱狂的に消費しています。
世界中で1日に約15億杯ものコーヒーが飲まれているのです(アメリカ1国で、この5分の1が飲まれています)。
コーヒー豆自体が文化に固定されていますが、わたしたちにとってのコーヒー飲用も同様に、文化から切り離すことはできません。
コーヒーは基本的には、習慣性を持つ興奮剤です。
それでも息抜きや社交とのかかわりは深いです。
過度の刺激による興奮状態と、心が痛むほどの無意味さが組み合わさった社会のなかで、コーヒーとそれをめぐる儀式は、わたしたちが生き続けられるようにしてくれる潤滑油だと思うのです。